テレビドラマ「JIN -仁-」の脳外科医 “南方 仁”
村上もとかの漫画『JIN-仁―』を原作とした2009~2011(完結編)年にかけてTBSで放映された名作ドラマです。原作の漫画とは一部異なりますが、ドラマメインで解説します。
[人物]主人公は東都大学附属病院脳外科医局長である南方 仁(大沢たかお)、婚約者である後輩の脳外科医、友永未来(中谷美紀)の脳幹部腫瘍摘出で植物状態になってしまったことで、難解な手術は全て他の脳外科医に依頼し、仁は代りに当直をたくさん引き受けていたところから物語は始まります。錦糸公園で倒れていた謎の男性が救急搬送され、仁が緊急手術をします。病名は急性硬膜外血種(血種とは血の塊のこと)で、外傷発症直後は、明らかな意識障害を伴わないことも多く、比較的受け答えもスムーズに行えます。しかし、時間経過とともに硬膜外血腫が増大してくるため、徐々に頭痛を自覚して意識状態が悪くなります。ただし、脳損傷が強いときには受傷直後から意識状態がはっきりしないこともあります。
実はこの謎の男性は江戸時代からタイムスリップして現代に戻ってきた「仁」本人なのです。
おかしな話ですが、現代に存在する南方 仁がタイムスリップから現代に戻ってきた南方 仁(頭部から顔面を包帯ぐるぐる巻きにしており顔が良く分からない)を手術するのです。急性硬膜外血種の治療は血種除去術といって、頭蓋骨に穴をあけて血種を吸引・除去します。これはそれほど、難しいものではないのですが、その際に、非常に稀な「胎児様奇形腫(胎児の形をした腫瘍)」というものを見つけます。これを摘出してホルマリンにつけておくのですが、手術を施行した仁が、胎児様奇形腫の話を誰かにすると右頭頂部の激痛に見舞われます。この話がこんがらがりますが、手術をした方の現代の仁は銅市人物であり、脳内に胎児様奇形腫を抱えています。手術後に江戸時代からタイムスリップして現代に戻ってきた仁は、このホルマリン漬けの胎児様奇形腫とホスミシンという抗生物質の注射薬を持って非常階段から再び、江戸時代に戻ろうとします。これを現代に存在する仁が見つけてホルマリン漬けの腫瘍を返すように包帯巻きの仁を促しますが、ここで現代の仁が「戻るぜよ、あん世界に」という声を聞き、非常階段から転げ落ちながら、脳腫瘍を抱えたまま江戸時代にタイムスリップしてしまいます。
[頭痛のエピソード]最終話で出てきますが、この「胎児様奇形腫」はバニシングツインの可能性が高いとう仮説が出てきます。
バニシングツインの多くは、妊娠初期6~8週目に起こります。医学的には「双胎一児死亡」と呼ばれる症状で、双子の1人が死亡(流産)してしまうのですが、実際には双胎妊娠の30%以上でバニシングツインが発生するという研究報告もあり、決して珍しいことではありません。バニシングツインの発生頻度は、双胎妊娠のタイプによって差があり、一卵性のほうが二卵性よりも高確率で起こると言われています。胎児が子宮に吸収されることがほとんどですが、母体に影響はなく、生き残った胎児はそのまま育っていきます。通常のバニシングツインでは、亡くなった胎児が子宮に吸収されることで消失してしまいます。胎児の痕跡すらなくなってしまうため、不思議な現象と思われていたのですが、ごく稀に亡くなった胎児の痕跡が残ることがあります。指や歯など身体の一部が吸収されず、残された胎児の身体へと宿るのです。「バニシングツインの一部が残された胎児に宿る」現象は、新生児約50万人に1人の確率で生じると言われています。ですので、物語では「胎児様奇形腫」は仁の双子の兄弟ということになります。仁は、このバニシングツインの残った方の胎児で生まれてきて、2009年の怪我の手術でたまたまその腫瘍が発見されて取り出すことになります。しかし、手術した方の仁も同時にその腫瘍を抱えており、腫瘍を抱えたまま江戸時代にタイムスリップするということです。腫瘍を抱えたままタイムスリップしたので、江戸時代の仁は頻繁に頭痛が起こります。物語の後半に、坂本龍馬が暗殺されたときに仁は龍馬の血を浴びてしまいます。その血が、仁の目に入り、脳にいた胎児様奇形腫と何らかの形で結びつくのでしょう。そのため、龍馬の死後でも、脳の中から龍馬の声が聞こえるようになるという仮説です。これは医学的にはちょっと無理がありますが、物語としてはここが面白さの原点なのです!
話は元に戻り、江戸時代(文久2年; 1862年)にタイムスリップした仁は、最初に橘咲(綾瀬はるか)の兄、恭太郎(小出恵介)に出逢い、刀傷による頭部外傷を治療したことから橘家に厄介になる。現代医療を知っている仁は、吉原鈴屋主人の鈴屋彦三郎の「慢性硬膜下血腫」も血種除去術で完治させます。この鈴屋彦三郎を盗賊から救ったのが坂本龍馬(内野聖陽)であり、坂本龍馬から仁は治療を頼まれるのです。
※慢性硬膜下血腫:脳は硬膜と呼ばれる膜で覆われており、さらにその上から丈夫な頭蓋骨で包まれ保護されています。慢性硬膜下血腫とは比較的時間をかけてゆっくりと硬膜と脳の間に血の塊ができた状態で、多くは頭部外傷によるものです。転倒のほか、机の角や柱などに頭をぶつけたなど、軽微な衝撃がきっかけとなることもあります。血腫により頭蓋内圧が高くなり頭痛や吐き気などの症状が現れます。また、血腫の位置などによっては、手足の麻痺やしびれなどが生じることもあります。他にもけいれんや構音障害(うまく話ができない)などを伴うこともあります。さらに、物忘れや意欲の低下、失禁など認知症のような症状が現れることもあります。手術による血腫の除去が基本となります。局所麻酔でチューブを脳表面へと挿入して血腫を除去します。
この鈴屋にいた花魁の野風(中谷美紀:二役)を見て驚きを隠せません。野風は現代の婚約者、友永未来の祖先にあたる訳です。江戸自体にタイムスリップした時に仁が持っていたのは、救急セット、平成22年の10円玉、友永未来との写真です。野風は左乳癌に侵されており、徐々に写真の友永未来が薄くなっていく、つまりは現代には存在しないことを意味していくのです。そこで仁は左乳癌の手術を行い成功するのですが、写真自体が消えてなくなってしまいます。仁は①未来とは出会わない現代、②未来が生まれてこない現代などを想像します。仁はその後、「仁友堂」という医療機関を設立し、院内の看板を掛けようとしているところで踏み台から足を滑らせ転倒し、一時的に現代に戻ります。この時、未来は存在していますが、脳外科医ではなく何かの講師をしていました。
この後に『JIN-仁―』(完結編)が始まります。
時は1864年(元治元年)、脚気になってしまった橘咲の母、栄(麻生祐未)を助ける辺りから話が始まります。同時期に西郷隆盛が虫垂炎になり、これも手術で仁は治します。
1866年(慶応2年)1月24日の午前3時頃、寺田屋に滞在中の龍馬が、伏見奉行所の幕府役人に襲撃された。龍馬はピストルで応戦しながら追っ手をかわし、裏階段から庭に出て、隣家の雨戸を蹴破り裏通りに逃れた。有名な「寺田屋事件」です。その後、龍馬暗殺の日である慶応3年11月15日(1867年)の近江屋事件のことを何回となく、龍馬に話そうとすると仁は激しい頭痛に見舞われ意識まで失います。それでも歴史を変えたいと思い、暗殺の日を考えていると必ず仁は右頭頂葉部の激痛を感じます。慶應3年10月25日や同11月10日にこの際、仁自身言葉で「孫悟空の輪的な痛み」と表現しています。
1867年に大政奉還され激動の時代へ突入。同じ頃、本来ならば、さる大名の隠居に落籍される予定だった野風が、乳癌の手術により破談となり、仁が他の医者の妬みによってはめられ、投獄された際にツル(牢屋で慣例化されていた賄賂)を工面するため、フランス人貿易商ジャン・ルロンに身受けされ、ルロンとの新婚旅行のため日本を発ちますが、転移した癌で余命が長くないことを自覚している。後に女児・安寿を出産します。逆子で帝王切開でしか出産が不可能であり、野風の命と交換に出産に挑みます。安寿を出産後に野風は一時、心肺停止となります。この際にも、仁は激しい頭痛に見舞われます。11月15日に龍馬は暗殺されるのですが、ドラマでは急性硬膜外血種、脳挫傷、頭蓋骨解放骨折、外傷性くも膜下出血と仁は診断し、外傷性くも膜下出血の治療で脳室ドレナージという血性髄液を排出するチューブを挿入した際に、龍馬の血液が仁の右眼に入ってしまいます。この際に仁は龍馬の声で「俺はお前だ、わしじゃ!」と聞きます。龍馬の手術中に仁は「命を救う技術は刻み付けられていくはずだ。この人達(咲や仁友堂の医師たち)の手に、眼に、心に」と自分に話しかけていると、龍馬の声が聞こえます「その通りぜよ、先生」、「ここぜよ、先生」。この瞬間に激しい頭痛が起き、胎児性奇形腫が眼を開きます。
賢明な手術で一時的に意識を取り戻した龍馬に仁は現代の携帯電話やメール、新幹線や飛行機などの話をします。仁は近い将来の話をしようとすると劇的な頭痛に見舞われるの、現代の話をしても一切、頭痛を感じません。龍馬は息を引き取りますが、直後に龍馬の声が「もう、やめるぜよ、先生」、「ほれ、一緒に行くぜよ」と。
その後、徐々に脳腫瘍(胎児様奇形腫)のために手足が動かなくなっていく仁。仁友堂でも治療もできなくなってきている。龍馬を助けることもできず、眼も前の患者さんにも手足の麻痺や痺れのため何もできなくなってきて、何のために江戸時代にタイムスリップしたか?、分からなくなっている仁に「口八丁手八丁ぜよ、先生」、「手が動かんだったら、口を動かせば良い」と再び龍馬の声、そして激しい頭痛に。この際、仁は、これは幻聴であり、腫瘍によるものと弟子の医師、佐分利祐輔(桐谷健太)に告げます。そして、その腫瘍を摘出するためにはバイポーラという電気メスがないとできないことも。再び龍馬の声「先生、ここじゃ、先生。頭ん中じゃ」。「わしが話すと痛むんがかい。ほいだら・・・」。
このシーンでは咲が兄の橘恭太郎に無駄死にしてほしくないと戦の中、橘恭太郎を説得に向かった際に流れ弾で左上腕を負傷し、その鉄砲傷が化膿しています。その化膿具合を見た仁は、これは緑膿菌感染によるものでペニシリンでは効かない!、ホスミシンがあれば・・・。と、ハッとします。何故、最初に出てきた包帯ぐるぐる巻きの男性がホルマリン漬けの胎児様奇形腫とともにホスミシンのバイアル(小瓶)を持っていたのか?を理解します。
再び、激しい頭痛とともに龍馬の声「戻るぜよ、先生。咲さんを助けたければ、戻るち。先生の頭の中にいる奴が言うがじゃ」。
場面は最初にタイムスリップした場所とは異なるところで、タイムスリップには入口と出口があり、場所が異なることを理解する仁。頭痛は激しいまま龍馬の声「先生はどこから来たんじゃ?」、その問いに「錦糸公園」と仁が答えると、龍馬の声が「この先じゃ、先生」、「急ぐぜよ、先生」、「戻るぜよ、先生」、「戻るぜよ、あん世界へ」で現代に。仁が最後にいた場所にはホスミシンのバイアルが落ちており、咲はこのホスミシンで一命を取り留める。
現代に戻った仁は様々な文献を調べるが「仁友堂」は実際にあり、佐分利祐輔を含めた弟子の医師たちは実在するが、橘咲の名前は存在せず、当然、南方 仁もどこにもいない。解明したく江戸時代の橘家に行くと、橘医院があり、そこにかつての婚約者である友永未来(中谷美紀)が帰ってくる。名前は橘未来(中谷美紀、一人三役)、咲が養女として安寿を向かい入れ、その末裔にあたる。咲は医師として生涯独身を貫いた。南方 仁が現代に戻ったことでは咲以外全員が仁の存在を忘れてしまうが、咲は名前こそ出てこないものの、仁がいた事実を文にしたため、揚げ出し豆腐が好きであった人物が訪ねてきたら文を渡すように安寿から娘、そして橘未来に手渡す。その文章には確かに仁が江戸時代に存在したことを証明する内容が事細かに記載されており、本当は仁を慕っていたことが仁にもわかり物語は終わる。
[推定診断とその根拠]仁の脳内にあった胎児様奇形腫では大きさ(ドラマ上は野球ボール1個分程度)から考えて、医学的には常に頭蓋内圧(頭の中の圧)が高かったことが想像できます。
驚かれるかもしれませんが、脳には痛みのセンサーがなく、ゴルフボール程度の大きさの腫瘍ではこのような激しい頭痛は起き得ません。
では、頭痛を起こす原因は?と考えますと、頭蓋内外の血管拡張、筋肉や頭皮、頭蓋骨膜のダメージ、硬膜やくも膜といった脳を包んでいる膜の傷害が考えられます。
あれだけの激しい頭痛を起こした理由をドラマの流れから考えますと、一つは龍馬の血を浴びて龍馬の意思が胎児様奇形腫に移った。臓器移植後にドナーの食事の好みや癖が移ることが良くあるのと同じ理論です。胎児様奇形腫が開眼することはあり得ませんが、実際に龍馬の意思が奇形腫を通して仁に伝わるとすると、その際に奇形腫に何らかの電気放電(脱分極、つまりは神経の興奮)が起こり、それに伴い簡単に脳圧は上がり、さらに一過性に血流増加が生じ、血管拡張に伴う重篤な片頭痛発作が起こったと考えられます。事実、半日以内に仁の頭痛は回復しており、重篤な片頭痛発作とも合致します。
もう一つは、胎児様奇形腫は仁の双子の兄弟であり、一卵性双生児に良くある例として、離れていても双生児の一人が虫歯で右顎が痛いと、もう一人も同じ痛みを感じる、一人が急激な腹痛に見舞われるともう一人も腹痛を感じてしまうことがあります。
仁が患っている胎児性奇形腫が脳内で生きていると仮定して、龍馬の血を浴びたことにより、ほぼ意識がなかった胎児性奇形腫が覚醒してしまい、龍馬と意思疎通可能な奇形腫の脳自体が活動を開始するとそれに伴い仁の脳も急激に活動亢進して、皮質拡散抑制(片頭痛の際にみられる電気放電)といった現象が生じ、激しい頭痛として仁が感じてしまうようになったなどが考えられます。
胎児性奇形腫を摘出した後の仁は頭痛発作を認めておらず、バニシングツインとしての奇形腫が頭痛の原因の大きな一因であったことは確実と考えられます。
[予防とケア]フィクションですが、胎児性奇形腫を摘出すれば頭蓋内圧は急激に低下して、通常ならば頭痛は改善するはずです。